あじ ใน ญี่ปุ่น หมายถึงอะไร

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คำว่า あじ ใน ญี่ปุ่น หมายถึง ความชุลมุน, ความวุ่นวาย, ปลาสเปนิชแมคเคอเรล, รส หากต้องการเรียนรู้เพิ่มเติม โปรดดูรายละเอียดด้านล่าง

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ความหมายของคำว่า あじ

ความชุลมุน

noun

ความวุ่นวาย

noun

ปลาสเปนิชแมคเคอเรล

noun

รส

noun

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3 そこで まことに、あなたがた に 申 もう し ます が、わたし 自 じ 身 しん も わたし の 兵 へい も、ヒラマン も 彼 かれ の 兵 へい も、とても ひどい 苦 く 難 なん を 受 う けて きました。 飢 う え や 渇 かわ き、 疲 ひ 労 ろう 、その ほか あらゆる 苦 く 難 なん を 味 あじ わって きました。
๓ และบัดนี้ดูเถิด, ข้าพเจ้ากล่าวแก่ท่านว่าตัวข้าพเจ้า, และคนของข้าพเจ้าด้วย, และฮีลามันกับคนของเขาด้วย, ต้องทนความทุกขเวทนาอย่างใหญ่หลวงยิ่ง; แท้จริงแล้ว, แม้ความหิวโหย, ความกระหาย, และความเหน็ดเหนื่อย, และความทุกข์ทุกอย่างทุกประเภท.
39 人々 ひとびと が わたし の 1 永遠 えいえん の 福 ふく 音 いん に 召 め され、 永遠 えいえん の 聖 せい 約 やく を 交 か わす とき、 彼 かれ ら は 2 地 ち の 塩 しお 、また 人 ひと の 味 あじ と 見 み なされる。
๓๙ เมื่อมนุษย์ได้รับเรียกมาสู่กิตติคุณอันเป็นนิจกของเรา, และทําพันธสัญญาด้วยพันธสัญญาอันเป็นนิจ, เราจะนับพวกเขาเป็นเกลือขของแผ่นดินโลกและรสชาติแห่งมนุษย์;
31 そこで、 果 か 樹 じゅ 園 えん の 主人 しゅじん は、その 実 み を 種 しゅ 類 るい ごと に すべて 味 あじ 見 み して 言 い った。「
๓๑ และเหตุการณ์ได้บังเกิดขึ้นคือพระเจ้าแห่งสวนองุ่นทรงชิมผลนั้น, ทุกชนิดตามจํานวนของมัน.
25 見 み よ、わたし は、 決 けっ して 死 し を 味 あじ わう こと の ない 人々 ひとびと の 1 名 な を 書 か き 記 しる そう と した が、 主 しゅ から 禁 きん じられた。 したがって、その 名 な が 世 よ から 隠 かく されて いる ので、わたし は それ を 書 か き 記 しる さない。
๒๕ ดูเถิดข้าพเจ้ากําลังจะเขียนชื่อกท่านเหล่านั้นผู้ไม่ต้องลิ้มรสความตาย, แต่พระเจ้าทรงห้ามไว้; ฉะนั้นข้าพเจ้าจึงไม่เขียน, เพราะชื่อซ่อนไว้จากโลก.
55 主 しゅ は アダム に 語 かた って 言 い われ ました。『 あなた の 子 こ 供 ども たち は 罪 つみ の うち に 宿 やど される ので、まことに 彼 かれ ら が 成長 せいちょう し 始 はじ める と、 彼 かれ ら の 心 こころ の 中 なか に 1 罪 つみ が 宿 やど る。 そして、 彼 かれ ら は 善 ぜん を 尊 とうと ぶ こと を 知 し る ため に、2 苦 にが さ を 味 あじ わう の で ある。
๕๕ และพระเจ้ารับสั่งกับอาดัม, โดยตรัสว่า : ตราบเท่าที่ลูก ๆ ของเจ้ากําเนิดในบาปฉันใด, เมื่อพวกเขาเริ่มเติบโตขึ้น, บาปกย่อมกําเนิดในใจพวกเขาฉันนั้น, และพวกเขาลิ้มรสความขมขื่นข, เพื่อพวกเขาจะรู้จักให้คุณค่าแก่ความดี.
そして、キリスト の 言 こと 葉 ば を よく 味 あじ わい ながら 力 ちから 強 づよ く 進 すす み、 最 さい 後 ご まで 4 堪 た え 忍 しの ぶ なら ば、 見 み よ、 御父 おんちち は、「あなたがた は 永遠 えいえん の 命 いのち を 受 う ける」と 言 い われる。
ดังนั้น, หากท่านจะมุ่งหน้า, ดื่มด่ําพระวจนะของพระคริสต์, และอดทนงจนกว่าชีวิตจะหาไม่แล้ว, ดูเถิด, พระบิดาตรัสดังนี้ : เจ้าจะมีชีวิตนิรันดร์.
38 彼 かれ ら が 死 し を 味 あじ わわない よう に、ある 1 変 へん 化 か が 彼 かれ ら の 体 からだ に 生 しょう じ、 彼 かれ ら は 世 よ の 罪 つみ に 対 たい する 以 い 外 がい に 苦 くる しみ も 悲 かな しみ も 受 う けない よう に なった の で ある。
๓๘ ฉะนั้น, เพื่อพวกท่านจะไม่ลิ้มรสความตายจึงให้เกิดการเปลี่ยนแปลงกกับร่างกายพวกท่าน, เพื่อจะได้ไม่ต้องรับความเจ็บปวดหรือโทมนัสนอกจากเพราะบาปของโลก.
40 彼 かれ ら は 人 ひと の 味 あじ と なる よう に 召 め される。 それゆえ、もし 地 ち の 塩 しお が その 塩 しお 気 け を 失 うしな ったら、 見 み よ、もはや 何 なん の 役 やく に も 立 た たず、ただ 外 そと に 捨 す てられて、 人々 ひとびと に 踏 ふ みつけられる だけ で ある。
๔๐ เราเรียกพวกเขาให้เป็นรสชาติแห่งมนุษย์; ดังนั้น, หากเกลือนั้นของแผ่นดินโลกหมดรส, ดูเถิด, นับจากนั้นมันไม่มีประโยชน์เลยนอกจากจะเอาไปทิ้งเสียและถูกเหยียบย่ําไว้ใต้เท้ามนุษย์.
30 また、1 柔 にゅう 和 わ な 者 もの たち も 増 ふ えて 主 しゅ に あって 2 喜 よろこ び を 得 え 、 人々 ひとびと の 中 なか の 貧 まず しい 者 もの たち は、イスラエル の 聖 せい 者 じゃ に よって 喜 よろこ び を 味 あじ わう よう に なる。
๓๐ และคนอ่อนโยนกจะมีมากขึ้นด้วย, และปีติขของพวกเขาในพระเจ้าจะบังเกิด, และคนจนในบรรดามนุษย์จะชื่นชมยินดีในพระผู้บริสุทธิ์แห่งอิสราเอล.
17 三 人 にん の 弟 で 子 し たち が 死 し を 1 味 あじ わわない と いう 約 やく 束 そく を 得 え た の は、 信 しん 仰 こう に よる もの で あった。 しかし 彼 かれ ら は、 信 しん じて から で なければ、その 約 やく 束 そく を 得 え なかった。
๑๗ และเป็นโดยศรัทธาที่สานุศิษย์สามคนได้รับสัญญาว่าพวกท่านจะไม่ต้องลิ้มรสกแห่งความตาย; และพวกท่านไม่ได้รับสัญญาจนหลังจากพวกท่านมีศรัทธา.
26 主 しゅ が わたし に 告 つ げて くださった 1 御 み 言 こと 葉 ば の ため に、 見 み よ、 多 おお く の 人 ひと が 神 かみ から 生 う まれ、わたし の 味 あじ わった よう に 味 あじ わい、わたし が 見 み た よう に 目 ま の 当 あ たり に 見 み た。 その ため に 彼 かれ ら は、わたし が 述 の べて きた これら の こと を、わたし が 今 いま 知 し って いる よう に 知 し って いる。 わたし が 今 いま 知 し って いる こと は、 神 かみ から 出 で た もの で ある。
๒๖ เพราะด้วยพระวจนะกซึ่งพระองค์ทรงให้แก่พ่อ, ดูเถิด, คนเป็นอันมากจึงเกิดจากพระผู้เป็นเจ้า, และลิ้มรสดังที่พ่อลิ้มรส, และเห็นด้วยตาตนเองดังที่พ่อเห็น; ฉะนั้นพวกเขาจึงรู้ถึงเรื่องเหล่านี้ซึ่งพ่อพูดไว้, ดังที่พ่อรู้; และความรู้ที่พ่อมีมาจากพระผู้เป็นเจ้า.
4 また、 主 しゅ なる 神 かみ に 感謝 かんしゃ を する ため で も あった。 この 神 かみ は 彼 かれ ら を エルサレム の 地 ち から 連 つ れ 出 だ し、 敵 てき の 手 て から 救 すく い 出 だ し、また 正 ただ しい 人々 ひとびと を 1 教 きょう 師 し に 2 任 にん じ、また 一 ひと 人 り の 正 ただ しい 人 ひと を 王 おう に 任 にん じて くださった。 そして その 王 おう は、3 ゼラヘムラ の 地 ち に 平 へい 和 わ を 確 かく 立 りつ し、 神 かみ の 戒 いまし め を 4 守 まも る よう に 民 たみ に 教 おし えて、 民 たみ が 喜 よろこ び を 味 あじ わい、 神 かみ と すべて の 人 ひと に 対 たい する 5 愛 あい で 満 み たされる よう に した の で あった。
๔ และเพื่อพวกเขาจะน้อมขอบพระทัยพระเจ้าพระผู้เป็นเจ้าของพวกเขาด้วย, ผู้ทรงนําพวกเขาออกจากแผ่นดินแห่งเยรูซาเล็ม, และผู้ทรงปลดปล่อยพวกเขาออกจากเงื้อมมือของศัตรูพวกเขา, และทรงแต่งตั้งกคนเที่ยงธรรมให้เป็นผู้สอนขของพวกเขา, และคนเที่ยงธรรมคนหนึ่งให้เป็นกษัตริย์ของพวกเขาด้วย, ซึ่งสร้างความสงบสุขขึ้นในแผ่นดินแห่งเซราเฮ็มลาค, และสอนให้พวกเขารักษาพระบัญญัติงของพระผู้เป็นเจ้า, เพื่อพวกเขาจะได้ชื่นชมยินดีและเปี่ยมด้วยความรักจต่อพระผู้เป็นเจ้าและมนุษย์ทั้งปวง.
15 わたし は 十五 歳 さい で、 多 た 少 しょう まじめ な 心 こころ の 持 も ち 主 ぬし で あった ので、 主 しゅ の 訪 おとず れ を 受 う け、イエス の 慈 いつく しみ を 味 あじ わって 知 し った。
๑๕ และข้าพเจ้า, อายุสิบห้าปีและโดยที่มีจิตใจอันมีสติอยู่บ้าง, ฉะนั้นข้าพเจ้าได้รับการเสด็จมาเยือนจากพระเจ้า, และลิ้มรสและรู้ถึงพระคุณความดีของพระเยซู.
見 み よ、あなた は、 幼 おさな い とき、あなた の 兄 あに たち が 乱暴 らんぼう な ため に ひどい 苦 く 難 なん を 味 あじ わい、つらい 思 おも い を した。
และดูเถิด, ในวัยเด็กของลูกลูกต้องรับความทุกข์และโทมนัสยิ่ง, เพราะความรุนแรงจากพี่ ๆ ของลูก.
13 まことに、わたし は 自 じ 分 ぶん の あらゆる 罪 つみ と 不 ふ 義 ぎ を 思 おも い 出 だ し、その ため に 地 じ 獄 ごく の 苦 くる しみ を 1 味 あじ わった。 わたし は 自 じ 分 ぶん が 神 かみ に 逆 さか らって きた こと と、 神 かみ の 聖 せい なる 戒 いまし め を 守 まも って いなかった こと を 知 し った の で ある。
๑๓ แท้จริงแล้ว, พ่อจําบาปและความชั่วช้าสามานย์ทั้งหมดของพ่อได้, ซึ่งทรมานกพ่อด้วยความเจ็บปวดแห่งนรก; แท้จริงแล้ว, พ่อรู้ว่าพ่อกบฏต่อพระผู้เป็นเจ้าของพ่อ, และว่าพ่อไม่ได้รักษาพระบัญญัติอันศักดิ์สิทธิ์ของพระองค์.
7 そして 見 み よ、この こと が 一つ の 1 しるし として あなた に 授 さず けられる。 すなわち、あなた は 父 ちち が 味 あじ わった 実 み を 結 むす ぶ 木 き を 見 み て から、 一 ひと 人 り の 男 おとこ の 人 ひと が 天 てん から 降 くだ って 来 く る の を 見 み る。 その 人 ひと を あなた は 見 み る。 そして その 人 ひと を 見 み た 後 のち 、あなた は その 人 ひと が 神 かみ の 御 おん 子 こ で ある こと を 2 証 あかし する。」
๗ และดูเถิดสิ่งนี้จะประทานแก่เจ้าเพื่อเป็นเครื่องหมายก, คือหลังจากเจ้าเห็นต้นไม้มีผลซึ่งพ่อของเจ้าชิมรสมาแล้ว, เจ้าจะเห็นชายผู้หนึ่งลงมาจากฟ้าสวรรค์ด้วย, และผู้นั้นเจ้าจะเห็นกับตา; และหลังจากเจ้าเห็นผู้นั้นแล้วเจ้าจะเป็นพยานขว่านั่นคือพระบุตรของพระผู้เป็นเจ้า.
19 まことに、 食物 しょくもつ の ため、また 衣 い 服 ふく の ため、 味 あじ の ため、また 香 かお り の ため、 体 からだ を 強 つよ く する ため、また 霊 れい を 活 かっ 気 き づける ため に 造 つく られて いる。
๑๙ แท้จริงแล้ว, เพื่อเป็นอาหารและเป็นเครื่องนุ่งห่ม, เป็นรสและเป็นกลิ่น, ที่จะทําให้ร่างกายแข็งแรง และทําให้จิตวิญญาณรื่นรมย์.
3 見 み よ、わたし の 愛 あい する 同胞 はらから よ、わたし が これら の こと を あなたがた に 話 はな す の は、 主 しゅ なる 神 かみ が あなたがた の 子 し 孫 そん に 授 さず けられる 祝 しゅく 福 ふく の こと で、あなたがた が 喜 よろこ び を 味 あじ わい、とこしえ に 1 頭 あたま を 上 あ げて いられる よう に する ため で ある。
๓ ดูเถิด, พี่น้องที่รักของข้าพเจ้า, ข้าพเจ้าพูดเรื่องเหล่านี้กับท่านเพื่อท่านจะชื่นชมยินดี, และเงยหน้ากของท่านตลอดกาล, เพราะพรซึ่งพระเจ้าพระผู้เป็นเจ้าจะประสาทให้ลูกหลานท่าน.
11 そして 再 ふたた び、すでに 語 かた った よう に、わたし は あなたがた に 言 い う。 あなたがた は すでに 神 かみ の 栄 えい 光 こう を 知 し る よう に なった ので、すなわち、 神 かみ の 慈 いつく しみ を 知 し り、 神 かみ の 愛 あい を 1 味 あじ わい、 心 こころ に この よう な 非 ひ 常 じょう に 大 おお きな 喜 よろこ び を 与 あた えた 2 罪 つみ の 赦 ゆる し を 受 う けた ので、 今 こん 後 ご も 神 かみ の 偉 い 大 だい さ と 自 じ 分 ぶん 自 じ 身 しん の 3 無 む 力 りょく さ、それに 取 と る に 足 た りない 人間 にんげん で ある あなたがた に 対 たい する 神 かみ の 4 慈 いつく しみ と 寛容 かんよう 、これら を 覚 おぼ えて、いつも 記 き 憶 おく に とどめて おく よう に して ほしい。 また、 心底 しんそこ 5 謙遜 けんそん に へりくだって、 日 ひ 々 び 主 しゅ の 御 み 名 な を 6 呼 よ び、 天 てん 使 し の 口 くち を 通 とお して 語 かた られた 将来 しょうらい の 出 で 来 き 事 ごと を 確 かっ 固 こ と して 信 しん じ 続 つづ けて ほしい。
๑๑ และอนึ่งข้าพเจ้ากล่าวแก่ท่านดังที่ข้าพเจ้ากล่าวมาก่อนแล้วว่า, เมื่อท่านเข้าถึงความรู้เกี่ยวกับรัศมีภาพของพระผู้เป็นเจ้า, หรือหากท่านได้รู้ถึงพระคุณความดีของพระองค์และลิ้มรสกความรักของพระองค์, และได้รับการปลดขบาปของท่าน, ซึ่งทําให้เกิดความปรีดียิ่งอย่างเหลือล้นในจิตวิญญาณท่านแล้วฉันใด, ข้าพเจ้าอยากให้ท่านระลึก, และเก็บไว้ในความทรงจําเสมอ, ถึงความยิ่งใหญ่ของพระผู้เป็นเจ้า, และความไม่สลักสําคัญคของท่านเอง, และพระคุณความดีงและความอดกลั้นของพระองค์ที่มีต่อท่าน, ชาวโลกซึ่งไม่มีค่าควร, และนอบน้อมถ่อมตนแม้ถึงห้วงลึกแห่งความถ่อมตนจ, โดยเรียกหาพระนามของพระเจ้าทุกวันฉ, และยึดมั่นในความเชื่อเกี่ยวกับสิ่งที่จะมาถึง, ซึ่งพูดไว้โดยปากของเทพฉันนั้น.
24 また、その とき から まさに 現在 げんざい まで、わたし は 絶 た えず 働 はたら き 続 つづ け、 人々 ひとびと を 悔 く い 改 あらた め に 導 みちび き、わたし が 味 あじ わった 非 ひ 常 じょう な 喜 よろこ び を 1 味 あじ わわせ、 彼 かれ ら も 神 かみ から 生 う まれ、 聖霊 せいれい に 2 満 み たされる よう に して きた。
๒๔ แท้จริงแล้ว, และนับแต่เวลานั้นมาแม้จนถึงบัดนี้, พ่อทํางานโดยไม่หยุด, เพื่อพ่อจะได้นําจิตวิญญาณมาสู่การกลับใจ; เพื่อพ่อจะนําพวกเขามาลิ้มรสกของปีติยิ่งซึ่งพ่อลิ้มรสแล้ว; เพื่อพวกเขาจะได้เกิดจากพระผู้เป็นเจ้าด้วย, และเปี่ยมขไปด้วยพระวิญญาณบริสุทธิ์.
10 に も かかわらず、わたし が 多 おお く の 1 艱難 かんなん を 味 あじ わった 後 のち 、 主 しゅ は わたし の 嘆願 たんがん を 聞 き いて、わたし の 祈 いの り に こたえ、わたし を 主 しゅ の 御 み 手 て に 使 つか われる 者 もの に して くださり、この よう に、あなたがた の 2 多 おお く に 主 しゅ の 真 しん 理 り を 知 し らせる こと が できる よう に して くださった。
๑๐ กระนั้นก็ตาม, หลังจากมีความยากลําบากกมามาก, พระเจ้าทรงได้ยินเสียงร้องของข้าพเจ้า, และทรงตอบการสวดอ้อนวอนของข้าพเจ้า, และทรงทําให้ข้าพเจ้าเป็นเครื่องมือในพระหัตถ์ของพระองค์ในการนําพวกท่านมากมายขมาสู่ความรู้ถึงความจริงของพระองค์.
13 そして、 主 しゅ なる 神 かみ は これら の こと を すべて の 部 ぶ 族 ぞく 、 国 こく 民 みん 、 国 こく 語 ご の 民 たみ に 告 つ げ 知 し らせる ため に、 聖 せい なる 預 よ 言 げん 者 しゃ たち を すべて の 人 ひと の 子 こ ら の 中 なか に 遣 つか わされた。 また その こと に よって、キリスト が 来 こ られる と 信 しん じる すべて の 者 もの が、あたかも キリスト が 自 じ 分 ぶん たち の 中 なか に 1 すでに 来 き て おられる か の よう に 自 じ 分 ぶん たち の 2 罪 つみ の 赦 ゆる し を 受 う け、また 非 ひ 常 じょう に 大 おお きな 喜 よろこ び を 味 あじ わえる よう に された。
๑๓ และพระเจ้าพระผู้เป็นเจ้าทรงส่งศาสดาพยากรณ์ผู้บริสุทธิ์ของพระองค์มาในบรรดาลูกหลานมนุษย์ทั้งปวง, เพื่อประกาศเรื่องเหล่านี้แก่ทุกตระกูล, ประชาชาติ, และภาษา, เพื่อโดยการนี้ผู้ใดก็ตามที่จะเชื่อว่าพระคริสต์จะเสด็จมา, ผู้เดียวกันนั้นจะได้รับการปลดกบาปของเขา, และชื่นชมยินดีด้วยความปรีดียิ่ง, แม้ราวกับขว่าพระองค์เสด็จมาในบรรดาพวกเขาแล้ว.
46 わたし に あって 死 し ぬ 者 もの は 1 死 し を 味 あじ わわない で あろう。 死 し は 彼 かれ ら に とって 2 甘 あま い から で ある。
๔๖ และเหตุการณ์จะบังเกิดขึ้นคือคนเหล่านั้นที่ตายในเราจะไม่ลิ้มรสแห่งความตายก, เพราะมันจะหวานขสําหรับพวกเขา;
13 この 示 じ 現 げん が 閉 と じた 後 のち 、もう 一つ の 大 おお いなる 栄 は え ある 示 じ 現 げん が 突 とつ 如 じょ わたしたち に 開 ひら かれた。 死 し を 味 あじ わう こと なく 天 てん に 1 取 と り 去 さ られた 預 よ 言 げん 者 しゃ 2エリヤ が、わたしたち の 前 まえ に 立 た って 言 い った。
๑๓ หลังจากนิมิตนี้สิ้นสุดลงแล้ว, นิมิตที่ยิ่งใหญ่และสําคัญยิ่งอีกนิมิตหนึ่งบังเกิดแก่เรา; เพราะเอลียาห์กศาสดาพยากรณ์, ผู้ทรงรับขไปสู่สวรรค์โดยมิได้ลิ้มรสความตาย, ยืนอยู่ต่อหน้าเรา, และกล่าวว่า :
7 したがって、あなたがた は さらに 幸 さいわ い で ある。 あなたがた は 1 決 けっ して 2 死 し を 味 あじ わう こと が ない。 わたし が 3 天 てん の 力 ちから を もって わたし の 栄 えい 光 こう の うち に 来 く る とき まで、すなわち 父 ちち の 御 み 心 こころ の とおり に すべて の こと が 成 じょう 就 じゅ する その とき まで、あなたがた は 生 い き 長 なが らえて、 父 ちち が 人 ひと の 子 こ ら の ため に 行 おこな われる すべて の こと を 見 み る で あろう。
๗ ฉะนั้น, เจ้าเป็นสุขกว่านั้น, เพราะเจ้าจะไม่ต้องลิ้มรสกความตายขเลย; แต่เจ้าจะอยู่เห็นการกระทําทั้งหมดของพระบิดาที่ทรงมีต่อลูกหลานมนุษย์, แม้จนสิ่งทั้งปวงจะเกิดสัมฤทธิผลตามพระประสงค์ของพระบิดา, เมื่อเราจะมาในรัศมีภาพของเราพร้อมด้วยเดชานุภาพคแห่งสวรรค์.

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ภาษาญี่ปุ่นเป็นภาษาเอเชียตะวันออกที่พูดโดยผู้คนมากกว่า 125 ล้านคนในญี่ปุ่นและชาวญี่ปุ่นพลัดถิ่นทั่วโลก ภาษาญี่ปุ่นยังโดดเด่นด้วยการเขียนโดยทั่วไปโดยใช้แบบอักษรสามแบบรวมกัน: คันจิและคำสร้างคำสองประเภท ได้แก่ ฮิระงะนะและคะตะคะนะ คันจิ ใช้เพื่อเขียนคำภาษาจีนหรือคำภาษาญี่ปุ่นที่ใช้คันจิเพื่อแสดงความหมาย ฮิระงะนะใช้เพื่อบันทึกคำดั้งเดิมของญี่ปุ่นและองค์ประกอบทางไวยากรณ์ เช่น กริยาช่วย กริยาช่วย กริยาที่ลงท้ายด้วย คุณศัพท์... คะตะคะนะใช้เพื่อถอดความคำต่างประเทศ